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公開: 2025年11月04日 テスト管理者 91 views 更新: 2025年11月23日

70年の歴史が語る:佐世保の耕地面積、減少から反転への転換点

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70年の歴史が語る:佐世保の耕地面積、減少から反転への転換点

70年の歴史が語る:佐世保の耕地面積、減少から反転への転換点

佐世保市の農業は、戦後から現在まで大きな変化を遂げてきました。令和6年版佐世保市統計書のデータを分析すると、耕地面積の推移には驚くべき事実が隠されています。

70年間で半減、そして回復へ

昭和22年(1947年)、佐世保市の耕地面積は2,290ヘクタールでした。その後、高度経済成長期を経て都市化が進む中、昭和45年(1970年)には4,310ヘクタールまで拡大します。これは複数の町村との合併により市域が拡大したことが主な要因です。

しかし、平成2年(1990年)以降、耕地面積は急速に減少し始めます。平成17年(2005年)には1,699ヘクタールまで減少し、ピーク時の約4割まで縮小しました。これは、農業従事者の高齢化や後継者不足、さらには宅地化の進展などが背景にあります。

データが示す転換点
注目すべきは、平成22年(2010年)以降の動きです。耕地面積は2,690ヘクタールへと大幅に回復し、令和2年(2020年)時点でも2,592ヘクタールを維持しています。これは単なる合併効果だけでなく、農地の保全や新たな農業政策の効果が現れている可能性があります。

田から畑・樹園地へのシフト

耕地面積の変化以上に興味深いのは、その内訳の変化です。昭和22年には総面積の61.5%を田が占めていましたが、令和2年には55.1%まで減少しています。一方で、畑・樹園地の割合は38.5%から44.9%へと増加しました。

この変化は、佐世保の農業が米作中心から多様な作物栽培へとシフトしていることを示しています。実際、現在の佐世保では野菜類(レタス、にんじん、イチゴ、はくさい、ねぎ、たまねぎ、だいこんなど)や花き類、さらには世知原町を中心とした茶の栽培が盛んです。

データから見える未来

平成17年の底打ちから回復傾向にあることは、佐世保の農業に新たな可能性が芽生えていることを示唆しています。都市近郊農業としての強みを活かし、消費者のニーズに合わせた多品目栽培や、付加価値の高い農産物の生産が進められているのかもしれません。

また、近年の「地産地消」や「農業の6次産業化」といった流れの中で、佐世保の農業は新たなステージを迎えようとしているのではないでしょうか。統計データが示す「耕地面積の下げ止まりと安定化」は、こうした取り組みの成果なのかもしれません。

今後の注目ポイント
次回の農林業センサス(令和7年予定)では、令和2年以降の動向がどのように変化しているのかが明らかになります。コロナ禍を経た農業の姿、そして持続可能な農業への取り組みがどう反映されるのか、注目です。

データ出典:令和6年版佐世保市統計書(第35回)「03_農業及び水産業 A_農林業 08_耕地面積の推移」
資料:長崎県統計年鑑、農林水産省「農業センサス」「農林業センサス」

みんなシステムズ編集部

野田祐機

長崎県佐世保市出身。佐世保にUターンして、これまで気づかなかった良さを再発見。 BASF, モルガン・スタンレーに勤務ののち、地域の情報配信サイトを運営。youtubeにて情報を発信。元ブロガー。Huffintonpostなどにも寄稿

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